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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)74号 判決

東京都豊島区巣鴨四丁目二六番一四号

原告

森本洋二

東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号

被告

豊島税務署長 富田忠雄

右指定代理人

池本壽美子

藤村泰雄

山本千臣

佐藤謙一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税について、平成元年三月一〇日付けでした更正(昭和六二年分については、平成四年五月一一日付けの再更正後のもの)及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

原告が昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税について、事業所得のみを申告したのに対し、被告税務署長は、原告が、その各年度に、それぞれ売買の回数が五〇回以上、売買した株数又は口数の合計が二〇万以上の株式等の売買をしており、これによって雑所得を得ているとして、更正と過少申告加算税の賦課決定をした。本件は、原告が、右更正等に対し、原告名義で取り引きされたこととなっている株式等の売買のうち、昭和六一年分の五一回、昭和六二年分の五〇回については、証券会社の原告担当者が、原告の意思に基づかないで行った取引であって、原告に帰属するものではなく、これを除外すれば、原告の株式等の売買による所得は、課税対象とならないと主張して、右更正及び過少申告加算税賦課決定の取消を求めるものである。

一  当時の有価証券売買取引による所得に対する課税の法制

本件に適用があるのは昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法(以下「所得税法」という。)であって、これによれば、有価証券の譲渡による所得は、原則として課税されないが、そのうち、継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるものの譲渡による所得は、課税の対象とすることとしている(同法九条一項一一号)。その政令である昭和六二年政令第三五六号による改正前の所得税法施行令(以下「施行令」という。)によれば、有価証券の売買を行なう者のその年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上であり、かつ、その売買をした株式又は口数の合計が二〇万以上であるときは、その取引に関する状況がどうであるかを問わず、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とされる(二六条二項)。この場合の株式又は口数は、額面金額又は出資一口の金額が五〇円として表示されていないものについては、これを五〇円として計算した場合の株式又は口数による(同条四項)。

右の取引から生じる所得の種類は、これらの取引を継続的に行なう事業から生じる場合には事業所得となるが(所得税法二七条一項、施行令六三条一二号)、その他の場合(これを事業としない者の行った取引によるもの)には雑所得となる(同法三五条一項)。

二  争いのない事実及び争点

1  昭和六一年分の所得

原告は、刺繍業者であって、その昭和六一年分の事業所得の金額が六五万一、〇一四円であり、前年からの繰越損失の金額が、一九二万八、一八二円であることは、当事者間に争いがない。被告は、同年度において、原告には、四五七万〇、三七八円の雑所得があると主張し(もっとも、更正した額は、これを下回る三八二万四、二三四円であって、これによる総所得金額は、二五四万七、〇六六円、納税額は、一八万九、七〇〇円となるから、右金額の一万円未満の端数を切捨てた金額(国税通則法一一八条三項)に、一〇〇分の五(昭和六二年法律第九六号による改正前の同法六五条一、二項)の割合を乗じて得た過少申告加算税の額は、九、〇〇〇円となる。)、原告は、これを争う。被告が、原告の雑所得として主張するものは、原告が山一証券株式会社池袋支店(以下「本件会社」という。)において原告名義で行った有価証券の譲渡によって生じた所得であって、このうち株式売買は、別紙一記載のとおりのほか、昭和六一年六月五日に安田信託銀行を通じてキンセキ株式会社二五〇株を七五万一、五三〇円(手数料控除後の金額)で売却しており、その回数は八六回、売買株数は九九万五、〇二四株であって、課税対象となる。被告は、原告がこれらの売買をするについて、特定の事業所を設けたり、人を雇ったりするなどの特別の人的・物的設備を有していなかったと認められるとして、右売買により生じた所得は、雑所得に該当するとする。被告は、原告の同年分雑所得の収入金額は、同年中に行われた別紙三の株式譲渡による収入金額三億五、八三六万四、九六五円(「売付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)に、同年中に行われた別紙四の株式以外の有価証券譲渡による収入金額八、三七六万八、五三一円(「売付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)を加えた四億四、二一三万三、四九六円に前記キンセキ株の売却代金を加算した四億四、二八八万五、〇二六円で、いずれも約定金額から手数料、有価証券取引税及び金利等を控除した金額であり、必要経費は、別紙三の株式の譲渡による収入金額に対応する取得金額三億五、七七三万七、七九二円(「買付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)と、別紙四の株式以外の有価証券譲渡による収入金額に対応する取得金額八、〇五七万〇、八五六円(「買付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)を加えた四億三、八三〇万八、六四八円に、さらに原告が本件会社に対して支払った管理料六、〇〇〇円を加算した四億三、八三一万四、六四八円である(なお、別紙一の番号4のファナック及び番号21の国際電信電話の二銘柄については、原告の母名義で買い付けし、原告名義で売り付けをしたものであるので、これにより生じた所得金額二六万二、二六五円については、損益計算上計上していない。)と主張する。

原告は、被告主張の有価証券取引が、いずれも原告名義で行われたことは認めるが、別紙一記載の売買のうち、番号12、13、18、23、24、25、30、32ないし38、40ないし54、59ないし62、64ないし67、71ないし74、76ないし78、80ないし86は、本件会社の担当者が、原告の了解を得ないで、勝手に原告名義を利用して取引したもので、原告に帰属すべきものではないから、これを除外すべきであると主張する。原告は、その他の事実関係については、これを明らかに争わないから自白したものとみなされる。

右事実関係によれば、原告が本件会社でした有価証券取引による所得が課税対象となれば、それは雑所得となると解される。

2  昭和六二年分の所得

原告の昭和六二年度分の事業所得の金額が一三九万九、〇九九円であることは、当事者間に争いがない。原告は、同年度においても、前年からの繰越損失の金額が、一二七万七、一六八円であると主張するが、被告の計算によれば、この分は、前年度においてすべて清算済となる。被告は、昭和六二年度において、原告には、四四八万六、五一一円の雑所得があると主張し、原告は、これを争う。被告の計算によれば、争いのない事業所得に、右雑所得を加えた総所得金額に対する納税額は、八六万二、二〇〇円となるから、右金額の一万円未満の端数を切捨てた金額(国税通則法一一八条三項)に、一〇〇分の五(昭和六二年法律第九六号による改正後の同法六五条一、二項)の割合を乗じて得た過少申告加算税の額は、一〇万四、〇〇〇円となる。

被告が、原告の雑所得として主張するものは、前年同様原告が本件会社において原告名義で行った有価証券の譲渡によって生じた所得であって、このうち株式売買は、別紙二記載のとおりで、その回数は八四回、売買株数は八七万九、六八三株となるから、課税対象となり、前年同様原告はこれらの取引を事業として行ったものではないから、雑所得に該当するとする。被告は、原告の同年分雑所得の収入金額は、同年中に行われた別紙五の株式譲渡による収入金額四億〇、八二八万三、六四〇円(「売付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)に、同年中に行われた別紙六の株式以外の有価証券譲渡による収入金額五、〇五四万九、八五六円(「売付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)を加えた四億五、八八三万三、四九六円で、いずれも約定金額から手数料、有価証券取引税及び金利等を控除した金額であり、必要経費は、別紙五の株式の譲渡による収入金額に対応する取得金額四億〇、三二七万一、〇三一円(「買付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)と、別紙六の株式以外の有価証券譲渡による収入金額に対応する取得金額五、一〇六万九、九五四円(「買付け」欄の「合計金額」欄の「合計」欄記載の金額)を加えた四億五、四三四万〇、九八五円に、さらに昭和六一年分と同様に原告が本件会社に支払った管理料六、〇〇〇円を加算した四億五、四三四万六、九八五円であると主張する。

原告は、被告主張の有価証券取引が、いずれも原告名義で行われたことは認めるが、別紙二記載の売買のうち、番号1ないし12、17ないし20、23、30、33、37、38、40、42ないし44、48ないし51、53ないし64、67、69、70、80、85ないし88、90は、山一証券の担当者が、原告の了解を得ないで、勝手に原告名義を利用して取引したもので、原告に帰属すべきものではないから、これを除外すべきであると主張する。原告は、その他の事実関係については、これを明らかに争わないから自白したものとみなされる。

右事実関係によれば、原告が本件会社でした有価証券取引による所得が課税対象となれば、それは雑所得となると解される。

第三争点に対する判断

一  次の事実が認められる(認定した証拠は、各事実の末尾に掲げた。)。

1  原告は、以前から本件会社において株式等有価証券の取引を行っており、昭和五五年八月から昭和六一年七月一七日までは、内田一が、その後平成二年二月末までは梁取俊夫が、本件会社において原告の担当者であった(乙一三、乙一四)。

2  本件会社においては、顧客から株式売買の注文を受けると、注文を受けた者(通常は、顧客の担当者)が、買付時には買付注文伝票を、売付時には売付注文伝票をそれぞれ起票する。右伝票には、顧客名、銘柄、数量、単価等の取引データの外、取扱者のコード番号、信用取引、現物取引の別が記載され、起票された時点でタイムスタンプにより注文を受けた日時及び時間が打刻される。取引が成立すると、速やかに顧客にその旨電話連絡する外、売買報告書を翌日顧客に発送する。取引内容は顧客勘定元帳に記載される。取引の決済については、余り取引が多くならない程度の時点で清算書を作成し、これを顧客に示して内容を確認して貰い、そこに設けられた署名押印欄に本人の署名押印を貰うこととされている。この精算書は、二枚複写になっていて、他の一枚は、受渡計算書という表題になっており、これは顧客に交付される。その外に半年に一回お預かり残高照合書を作成し、これにその時現在における本件会社の顧客に関する預かり金、保証金、預かった証券等を記載して、顧客に示し、内容を確認してもらって、そこに設けられた回答書の欄に顧客の署名押印を貰う(甲三、乙一三、乙一四、証人内田一、同梁取俊夫)。

3  原告は、内田一が担当者であった時代は、本件会社に対し特段の異議を述べたことはなかった。梁取俊夫が担当者となった後の昭和六一年一一月か一二月頃本件会社に対し、信用取引は止めてくれという趣旨の電報が、原告から支店長宛にきたことがあり、営業担当次長からその話を聞いて梁取俊夫が原告方に行き、話合いの結果、梁取が、儲けは少ないかも知れないが慎重に行うからと説明して原告の了承を得、信用取引を継続して行うこととされた。原告は、その後も、信用取引の結果を記載した精算書に引き続き署名押印して、その取引を承認する意思を明らかにしている。また、原告は、昭和六二年一二月頃本件会社に赴いて田村茂次長に会い、担当者が無断売買をしているとの趣旨の苦情を述べ、これによる損失については、白紙に戻すことを要求したが、田村次長はこれを断り、担当者に、原告の受けた損失が回復されるよう努力させると述べた。原告は、その後、昭和六三年一月二六日現在において本件会社が原告の取引口座上にある残高について記載したお預かり残高照合書(乙一〇)に承認の署名押印をしている(甲一、乙六、乙七、乙一〇、乙一三ないし乙一五、証人内田一、同梁取俊夫、)。

4  原告が、その意思に基づかない売買であるとして否認する各取引のほとんどは、金銭引出請求書(清算書)(乙六、乙七)に記載してある買付及び売付であり、原告がこれに署名押印してあってその承認の意思が明らかなものである(昭和六一年分につき別紙一の番号25、30、34、35、37、43、44、60、61、64、66、72、73、76、77、80、83、85、86、昭和六二年分につき別紙二の番号1、3、5、7、9、11、19、20、30、33、38、43、44、48ないし51、53ないし56、58ないし64、67、69、70、80)か、又は、右承認の意思が明らかな株式の売付をするために当然の前提となる買付取引か(昭和六一年分につき別紙一の番号12、13、18、23、24、32、33、36、38、40、42、51、53、54、59、62、65、67、71、74、78、81、82、84、昭和六二年分につき別紙二の番号2、4、6、8、10、12、17、18、23、37、40、42、57)である。また、昭和六二年分の別紙二の番号85、88の買付及び売付に係るオカモトについては、その配当の受領が金銭引出請求書(清算書)(乙七)に記載され、原告がこれに署名押印してあってその承認の意思が明らかなものである。そのいずれにも属しない少数のもの(昭和六一年分については別紙一の番号41、45ないし50、52、昭和六二年分については別紙二の番号86、87、90)についても、株式買付注文伝票又は株式売付注文伝票(乙二、乙三)が存在しており、(なお、右の昭和六一年分の別紙一の番号49の日本製鋼所については、「アーム」との略称名で銘柄が記載されている。)、顧客勘定元帳(乙四、乙五)にも記載され、それら取引の結果生じた本件会社における原告の口座の残高の照合書(乙八ないし乙一〇)について、原告は、いずれもこれを承認する署名押印をしている(乙四ないし乙一〇)。

5  原告の証人内田一に対する尋問によれば、原告は、内田に対して、同人は、事前に電話又は来宅して推奨銘柄の状況説明などをして原告の承諾を得てから取引したと思うとしながら、その事前の状況説明が誤っていたことがあるのではないかとの趣旨の尋問をしており、また、原告は、証人梁取俊夫に対する尋問においても、信用取引を止めるようにとの抗議をしたが、無断売買であるとの抗議まではしていないことが窺われる趣旨の尋問をしている。

二  以上認定の事実に、前記当事者間に争いのない事実をあわせれば、原告が、その意思に基づかない売買であると主張する各取引も、他のものと同様、いずれも原告の意思に基づいて行われたものと認めるのに充分であって、原告の不満は、要するにこれら取引を行うについて本件会社の担当者から聞いた説明がその後事実と異なっていたことが判明したというような、取引を行う動機の面におけるものに過ぎず、取引の成立そのものについて影響を及ぼすようなものではないといわざるを得ない。

第四結論

以上によれば、本件係争年度における原告の株式の売買回数及び株式数は、いずれの年度についても施行令二六条二項所定の基準に該当しており、本件係争年度中の株式その他の有価証券の譲渡による原告の所得は、所得税の課税の対象になるものであると認められるから、本件の更正及び賦課決定は適法であり、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 長屋文裕)

別紙一 株式売買一覧表(昭和61年分)

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別紙一 株式売買一覧表(昭和61年分)

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別紙一 株式売買一覧表(昭和61年分)

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別紙二 株式売買一覧表(昭和62年分)

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別紙二 株式売買一覧表(昭和62年分)

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別紙二 株式売買一覧表(昭和62年分)

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別紙三 株式売買損益計算書(61年分)

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別紙三 株式売買損益計算書(61年分)

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別紙四 株式以外の有価証券売買損益計算(61)

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別紙五 株式売買損益計算書(62年分)

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別紙五 株式売買損益計算書(62年分)

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別紙六 株式以外の有価証券場合損益計算(62年分)

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